月別アーカイブ: 2018年3月

テノリイノリへその7 愛とか祝福はとかくぼんやり

(展示中の気になる作品を集めて検討したり愛でたりしている様子です)

テノリイノリ絵巻展のご案内にこんな大それたことを書いてしまいました。

《「テノリイノリ」はどんな時もそばにいて、ともに祈り、生きとし生けるものの中にあるけど忘れがちでぼんやりした愛や祝福に光をあてます。》

それにはちゃんと理由があるのです。

父が亡くなって9ヶ月経った頃、
お風呂場を中心に台所などで電気がよく消えたりとか色々あって
電球変えても変わらず、
これっていわゆる一つのラップ現象みたいなもんかと。
入浴中にばかり電気が消えるので
つい身内かと思うと、ええ加減にせーよとキレたりもしてました。

夢では相変わらず現れる父
突然死んじゃったからもっと徐々に死にそうな場面をやるから
見ててとばかりに何度もそれらしきシーンやるからと言ってきては見せてくれるの。
なんだこりゃ。それはそれでショックだっつーの。

ほかの家族へ心残りでもあんのかなーと
家族にそれを話しても
キモい ヤバい、ギャルか?
(私に向けられてる??)で終わる。

なんなんだろうで9ヶ月

ある朝そんな夢を今日も見て起き抜けに気づいたんです。
これってもしかして私を気遣ってるってこと?

えええ、それって全て愛じゃん。

清々しいくらい だば〜っと号泣。

そうなんじゃ あの世に行こうが
こっちにいようが
愛も日々の祝福も
いつもそこかしこに空気の粒子のように送られてるの。

それに気づいたら 不思議な現象がぱったりなくなった。

テノリイノリの作者こそが
いつもそこらのぼんやりとした
愛とか祝福に鈍感で、
作品を作ることでそういうエネルギーに
繋がってハッキリとさせているのです。

それら一つ一つにスポットライトを当てて、
出来上がったばかりのテノリイノリたちと
目を合わせてはハートを撃ち抜かれてばっかり(幸せ)
キュンキュンして 都度キュン死に。からの黄泉がえり。

そういうわけでテノリイノリは肉体を持って生きている人、
あっちの世界の肉体を持たない人
両方の生きとし生けるものに
送りあう祈りの形をとったもの
その核は愛なんだなーと思って作っています。

テノリイノリはどこからきたの?ルーツを絵巻で辿る「テノリ・イノリ絵巻」展は3月31日まで
ピンと来たテノリイノリと出会いがありましたらご購入いただけます

連載中の「テノリイノリができるまでの」過去記事
テノリイノリへその6「はじめのテノリイノリ誕生」
テノリイノリへその5「キルト染め絵『いのり』が生まれる」
テノリイノリへその4「オラクルスナック天国と極楽にようこそ」
テノリイノリへその3「祈りの絵」
テノリイノリへその2「伏線の回収」
テノリイノリへその1「オラクルスナックの祈り」
《序章》再び祈りテノリイノリの世界

テノリイノリへ その6 「はじめのテノリイノリ誕生」

テノリイノリが生まれるまでの道のりを 書き始めたら えらく長いことになって5話目。やっと生まれます。(結論)

父が亡くなって祈りを絵にするようになったのだけど、思えば四十九日で墓の中の骨壷に入ったじいさんばあさん、その他おじさんとか おじさんとか誰が誰かよくわからない骨壷で狭くなった墓の中を地面は少し骨壷の蓋で掘って空間作って、ほぼ全員の骨を中に素手でぶちまけて壺を撤去するという なんともありがたいような不気味な役割が巡ってきて 最初正直ウエまじか、とも思ったけど やりだしてみたら 手に触れる物質が今を生きている自分につながっているのか この人達がないと 今の自分いなかったんだなあと神妙な大人になるような気分にすらなってきて 祈りもグループに向けてというイメージが強くなったと思う。

夢であの世の人と会えたり、ラップ現象も激しいし そんなに通信できるなら あの世へのエールに日光東照宮ぐらい作るつもりで作品にしたら 良いだろう、そんなつもりで作った「いのり」の染め絵とミシンキルトのミックス作品。

そしてこの作品を中心に寺社仏閣もしくは教会みたいなものが作れるなら いのりの絵のエッセンスみたいな存在を周りに配置したい。それがまた宗教と全く関係なくて それでも祈りに共通するもの。

仏教が誕生して仏像ができるより前の時代のお参りに行くことすら特別で、そこのエッセンスをなんとか持って帰りたくてって気持ちに応える特別な 小さな土産のようなオブジェ、そこからテノリイノリは生まれたのです

既存の宗教に存在するモチーフは避けてあくまでオリジナルな存在を描いていいますが、つまり宗教美術の発展は真似ている。パクってる!?
さて一周忌を終えてパクリの旅ならぬ祈りの旅はどこへ行くのか。

続くんですね〜

テノリイノリはどこからきたの?ルーツを絵巻で辿る「テノリ・イノリ絵巻」展は3月31日まで

ハガキにもなりました

連載中の「テノリイノリができるまでの」過去記事
テノリイノリへ その6「はじめのテノリイノリ誕生」
テノリイノリへ その5「キルト染め絵『いのり』が生まれる」
テノリイノリへ その4 「オラクルスナック天国と極楽にようこそ」
テノリイノリへ その3「祈りの絵」
テノリイノリへ その2「伏線の回収」
テノリイノリへ その1「オラクルスナックの祈り」
《序章》再び祈り –テノリイノリの世界

テノリイノリへ その5 「キルト染め絵『いのり』が生まれる」


無事にオラクルカード原画展
「オラクルスナック天国と極楽~ときどき地獄」も終え
現実はそれらしい行事の四十九日とか百箇日がやってきて、
法要のと遺品整理の為に東京から山口へ帰省することが続きました。

ルートは九州から山口に入るパターンが多いのですが、
海峡を船で渡って着いた途端お天気雨に降られて
ここに暮らしてほとんど見たことなかった虹を見ることが続きました。
関門海峡にかかるとか、いや、どうなのよ。

父が最後に暮らした家の隣の空き地は
長いこと雑草程度しか生えなかったのに
帰ったタイミングで カラーの花が一輪だけ咲いて、
いつも通りに父が待っていてくれたみたい。
そんな自然の光景を目にして、
あの世は遠いところのように見えて
割と近くでサインを送ってくれたり
配慮してくれてるもんなんだって
一つ一つ実感していきました。

それに亡くなった直後から
故人は夢にも出て来放題だし。
もっと 他にも夢でもいいから会いたい人
いなかったっけ?
こんなに易々と会えるものか?と
少々拍子抜け。

そんな日々の中で
信仰の有無に関係なく一応ある家にある仏壇、
一応ある位牌、どうするよ問題勃発。
私はてっきりそのまま持つものかと思っていたけど
全て処分したい派もあり、それにも納得な部分もあり
そこまで深く考えていなかった自分はどうするのか?

そこで考えたのです。
自分なりに弔うと。

別に弔うって この形で弔わなければ
末代まで祟りとか。。。って話じゃないし、
根本的な自分にとって弔うとはなんぞや?という問いがスタート。

それには結局シンプルに向こうの世界に行ったばかりの
父の新たなる人生に頑張れよ!って
応援のエネルギーを送るしかないの。
こっちは大丈夫だから。
いや大丈夫じゃなくても
親子に生まれて物質的には一生返すことはできないけど
唯一出来ることはそういう応援くらい。
そして向こうからサインが来るんだから
頑張れよーってエネルギーのかけらくらい届くでしょ。

そういう時、ふと日光東照宮って徳川家康を祀ってるけど
身内にとっては 身内の生身の人間の家康の神社。
そういうものを自分なりに作ったりしてもいいんじゃない!?
昔の将軍並みの便利な暮らししてるんだし
自力で出来る範囲って何ができるかやってみよう。

それで四十九日過ぎて作り出したのが今の展示にも出している
染め絵とキルトのミックス作品
「いのり」でした。
もちろん祈ってキャッチしたイメージです。


「いのり」ポストカードは「テノリ・イノリ絵巻」展で販売しております。

テノリイノリはどこからきたの?ルーツを絵巻で辿る「テノリ・イノリ絵巻」展は3月31日まで

連載中の「テノリイノリができるまでの」過去記事
テノリイノリへ その4 「オラクルスナック天国と極楽にようこそ」
テノリイノリへ その3「祈りの絵」
テノリイノリへ その2「伏線の回収」
テノリイノリへ その1「オラクルスナックの祈り」
《序章》再び祈り –テノリイノリの世界

テノリイノリ絵巻展はじまりました

いよいよテノリイノリ絵巻展もう2日目
ご来店ありがとうございます。


「テノリイノリ ハナ」

「今日こんなことあってね
気分を鎮めるにはどのテノリイノリが良い?」って
シンプルなリクエストいただいて
フィットする一つをエネルギー見て選ぶ。
そんなことも出来ることに気づきました。
エネルギーを読む占い師でもあるマルモッチです。

今回の新作テノリイノリたちを並べて
制作中にふと可愛いなと思うことは何度もあるのですが
また新しい気持ちで
「私のところに来てくれてありがとうね
私に作らせてくれてありがとうね」
神妙に感動しながら、まるで心がけのよいお母さんみたいじゃん。
だけど作っては人様のところに手渡していくのよ。
どっちかというと家畜のお母さんみたい。ブヒ。
面白いな~
そんなこんなことを考えながら作っていました。

それで今日久しぶりにある歌詞を思い出しました。
小さいかごに花を入れ
さみしい人にあげたなら
色も香りも部屋に満ち、
気持ちよい日を過ごすでしょう

あいのわざはちいさくても
神の力がこもるから
闇夜のような世の中を
真昼のように照らすでしょう

ある時まで高校に校歌がなかったので
この讃美歌を歌っていて割と人気がありました。
(タイトルが愛のわざなのか、小さなかごにかも不明で
しかも歌詞がネットで検索してもまちまちで
自分が歌っていた時の歌詞がこれでした)

何気ない親切っていいねって感じで聞いてたんだけど
その頃神さまって概念が今とも違ったし
この歌詞の意味も違って聞こえていたんだな。
今は人間の愛という原動力で動かせるもの
それを超えた何かの力を借りて
更に動かせる範囲が広がる感じがあるように思える。

テノリイノリは祈りの絵から生まれた小さな祈りのオブジェ
人の祈りから生まれたものではあるけれど
作っているときに
もっと自分を超えたなにかに
応援してもらって
それこそ私の意識のどこかしらで
「我こそは~!作ります~」と名乗りを上げて
「じゃ、どうぞどうぞ」(ダチョウ倶楽部みたいなハイヤーセルフに)
作らせてもらっているんじゃないだろうか
そんな気がして仕方ないのです。

明日21日水曜日は祝日、臨時営業で13時から18時まで
店内におりますので気軽にお声がけください。
**********************************
会 期:2018年3月19日(月) – 3月31日(土)
定休日:日曜、祝日(3/21は臨時営業)
場 所:代々木cafe nook(カフェ・ヌック)
東京都渋谷区代々木1-37-3 岩崎ビルB1
TEL: 03-3373-7009
https://www.facebook.com/yoyogi.cafenook
アクセス: 代々木カフェnook への道のりー大江戸線代々木駅から
最寄駅 JR線・大江戸線 代々木駅徒歩3分
※カフェですので、お一人様1オーダーお願いしております

箸休め、祈りにまつわる2つの映画

テノリイノリができるまでのことを綴っていますが
ここで少し休憩して祈りが登場する映画を。

あるとき祈りって神社でお願いごとをするような祈りじゃないの?
そんでテノリイノリって願いを叶える道具なんじゃ?という質問がありまして。
一切そんなメッセージを出していなかったのだけど
そういう受け取りもあるのかと思ってちょっと寄り道を思いつきました。

前回のブログ、亡き人のとその周りの存在に対するものへの祈りは
言葉にしてしまうとあちらの世界で彼らが安らかでありますようにとか
無事に向こうの道を進みゆくことができますようにだったり
音楽でいうところのレクイエム的なものではないかと思って
祈っていたと思うのです。

で。早速ですが2018年日本公開の2つの映画について
ここでの祈りはまた少し違います。

「愛の動機となりますように
平和の道具となれますように」

セバスティアン・レリオ監督映画「ナチュラルウーマン」
アカデミー賞 外国語映画賞おめでとうございます!

この祈りの言葉、聖フランチェスコの祈りは
映画ナチュラルウーマンの中で聞きました。

祈りの言葉は本来もっと長いのですが
ここまでのセリフだった記憶。

クリントイーストウッド好きだし、映画評論家の町山智浩さんがツイッターでひっそりと
監督の『15時17分、パリ行き』
「ナチュラルウーマン」(英題:Fantastic woman)
共通するのは、聖フランチェスコの祈りと紹介されていたので
それもあって早々と両方観に行ってきました。

それぞれに感想がありますがあくまで祈りにまつわるところを。
『15時17分、パリ行き』での聖フランチェスコの祈りは
私が元々自分としても納得いきやすいタイミングの祈りでした。
カトリックの学校で育つ主人公が幼いころから捧げる祈りで
それが結末に影響していく、自身の行動を導くような祈り。

そしてナチュラルウーマンの中では大人の主人公が
悲しみ、苦しみ、自分を見失ってもおかしくないくらい
全部が否定されてしまうような過酷な人生の真っ最中に
愛の正解を探している主人公に向けられるヒントとなる祈りの言葉だと私は受け取りました。

でもそれは、人生右に行きましょうか
左に行きましょうか?そんな選択肢も見いだせない。
ああ。どこに行けばいいのでしょう??って途方にくれている側で
いきなり脇腹にドーンとパンチを入れられ目から火が出るような祈りで
なぜかその瞬間に涙があふれてしまった。
自分にそのパンチが入れられて、有難いような辛いような感触。

泣きながら、傷ついた傷からから再び血が流れようが
自身本来の本当に願う生き方に外れたら戻し、進めようと
自分自身を超えた存在に宣言する
そういうスタンスの祈りが
今年の自分の作りだしたいテノリイノリの要素にはあるのだと思う。
ハードな祈りだとしても、ハードな日があったとしても
テノリイノリは軽やかに優しく
ともにい続けるものでありたいと願うのです。

それはまるで映画の中で歌われる
プラタナスの木陰への愛の オンブラ・マイ・フ(Ombra mai fù)のように。

連載中の「テノリイノリへ」過去記事
テノリイノリへ その1「オラクルスナックの祈り」
テノリイノリへ その2「伏線の回収」
テノリイノリへ その3 「祈りの絵」

3月19日-31日 「テノリ・イノリ絵巻」展

テノリイノリへ その4「オラクルスナック天国と極楽にようこそ」

テノリイノリが生まれたきっかけを振り返るブログ 4回目。
言語化しないでひたすら2017年の一年の間、
絵やオブジェにしてきたので
時間が妙にかかったり、こんな言葉が一番しっくりなのか
悩もうとしたらいくらでも悩めますけど~
そもそもテノリイノリ絵巻展までにこのブログのシリーズは終わるのか、
それとも展示中まで書き続けることが
今自分にとって必要なんだろうか、ああこの気持ち
納得したり探りながら書いています。

1、2話で父への感謝を込めたコンセプトの展示目前に
父が突然あの世に旅立って、
3話でそれを機に祈りから得たイメージや
悲しみの淵にいても変わらず輝き続ける自然を絵にし始めた。
そんな流れでした。

因みに感謝を込めたコンセプトの展示は
なんでこんなタイトルにしたかな?と思うタイムリー名前で
オラクルカード原画展 「オラクルスナック天国と極楽 〜ときどき地獄〜」
(私はどこに家族を見送っちゃったんだろ。)

そこでの一つの目玉企画
ご来店いただきました皆様に
その場で選んでいただいたオラクルカードの原画から
ワンオラクルをお読みするサービスをすると決めていました。

私のやっているリーディングは
カードとクライアントさんとの間に流れる
エネルギーを自分のエネルギーを流して読みに行っているので
こんなヨボヨボでできるんだろうか?
どうするべ?人に変なもん流したくない
問いかけと焦りが起きる。

しかもこの手の悲しみってフタして平常心装っても
ちっともよくならない。
消化不良を起こすから悲しいは悲しいままに消化し続ける。
ウソのエネルギーで自分の心のカガミを曇らせてはならぬ。。。
そうは言いつつも間に合うんだろうか。

しかし状況は不思議なほどに自然な流れで来ているのだから
これが全て必然のことなら
あの世の仲間のエネルギーもこの場を作る一つになるんじゃない?
むしろそれを試されてるのではないか?
何となく父に最後に挑まれた試合のような気がしました。

いかなる状況でも本当にお前はできるのかと。
そういうのやってやろうじゃんっ。


(会場の風景)

そこから展示場所に行くときは
出かける前に数秒でも瞑想のような祈りをしていました。
自分の祈りがこの地球を一瞬にして回ってきて
今居るここがまるで宇宙の一部で自分も同じく宇宙の一部であるかのように。
そして今日一日全ての流れに乗って
適切なメッセージをお伝えすることができるように。
結局自分を奮い立たせるのも祈りだったのです。

「花のいのり/ Flower’s prayer」

その展示会場では祈りの絵を
いくつかひっそり飾っていました。
すると不思議なほどその絵の前に立ち止まってご覧になる方が
じっと涙ぐまれていたり
亡くなった人のための祈りの絵だとお伝えすると
その方も身近な方を亡くしたばかりだったりと
シンクロしていることが多々あり
ちゃんと祈りのイメージを受け取って描けば
あの世ばかりか近くの同じような心境の方にも届くものなのだと
教えてもらうことができたのです。

そこから次の制作につながりました。

テノリイノリはどこからきたの?ルーツを絵巻で辿る「テノリ・イノリ絵巻」展は3月31日まで

連載中の「テノリイノリができるまでの」過去記事
テノリイノリへ その3「祈りの絵」
テノリイノリへ その2「伏線の回収」
テノリイノリへ その1「オラクルスナックの祈り」
《序章》再び祈り –テノリイノリの世界

テノリイノリへ その3 「祈りの絵」

さて父を見送ることになり、ある意味人生初の身内が死んでるところを見つけてしまった緊張、体の内側に起こる爆発的な悲しみ、やけくそ、やっぱり生きものが生きてるのと死にましたの違いなに??時間って戻らないだっけ?そんなことも気になりながら、伏線を引き来るべき時が来たんだと納得だって起きるの渦の中。
思い返せば大切な人と突然死別することはもう何度目か。それもそれがやっぱり互いの約束だった気がして仕方ないのも何度も知ってる自分、そして制作では そこらへんの神さま絵をいかなる気持ちの日も描いてきたし(そこらへんの神さま絵とは)、クリスマスシーズンのアドベント(降誕節)を毎日祝うように欠かさず描いたもう一人の自分はこう思ったんです。

「こんな気持ち 一生続かない。」
思い出すことはあっても毎日じゃないの
今の自分の心から見えてる世界を描かないでどうすんだ?
ディス・イズ・そこらへんの神さま絵スピリットですよ。
どんな日もいかに祝福して終えるかだから。

そのうえ時折襲いかかる二日酔いの吐き気のように 悲しみの波と波の間に。
(お酒飲まない方は胃腸炎みたいな波をイメージしていただいても大丈夫です)
シラフの自分が語りかけるんです。
「今日の悲しみは明日の悲しみと同じじゃないかもよ」と。

よその人に全く関係ない、自分自身へ今問いかけておこう報道精神のような
描き留めないといけないって思い、誰の何に役に立つとか立たないとか関係なく、
己とあの世の父ときっといろいろいるはずのご先祖さん?
スピリットによろしくって言うため。
早速通夜の中、父の残した酒を皆でかたっぱしから空けながら、描き始めた。
それも父の亡くなる前とその後のキャッチしているものの違いがあるので、
ダッシュでで以前に軽く受け取ていたものは描きつくしては次へ。
その間にも自然は慰めてくれるように日々美しさを増し
色んな表情を見せるのでそれも描き留めて。

「しぶんぎ座流星群の夜/ The Night of Quadrantids」

それが終わったら、マイオリジナル祭壇を作り
父のなんちゃって遺影を飾り、
お香かセージの煙、ロウソク、あと親鸞聖人?みたいなプチ絵画を飾って
チベタンベルを鳴らして なんでも知ってるフレーズを唱えて祈り出したんです。

そうすると毎回違うビジョンがやってくる。
これまた描かねばと。カサコソ。
だから2017年は「祈り」とか「いのり」って名前の作品がブログに山ほど出ています。
(検索かけてみてください。)
祈れば祈るほど出てきますから。
この時の祈りは基本自分と関わる人や存在とのものでした。

やっと祈りだしたところで続く・・・

過去の記事
テノリイノリへ その1「オラクルスナックの祈り」
テノリイノリへ その2「伏線の回収」

3月19日-31日 「テノリ・イノリ絵巻」展
marumocci art shop

テノリイノリへ その2「伏線の回収」

テノリイノリが生まれるきっかけを綴っていまして、今回二話目。

ドラマだったら、これもしかして 伏線になるの?と よくその意味を確認しながら進めることができるのだけど、そうはさせないのが現実。

ホームラン予告みたいに「あと2、3年でいいかな(寿命)」と父が何度か言った時、70代になるかならないかで勘弁しろよーくらいに流していたが 、あれきり言わなくなったのをすっかり忘れて父との予告通りの最後の一年はなぜか帰省する機会に恵まれて、社会人になって一番会うことが多くなっていた。

かつてスナックのマスターだった父は昼間の時間をゴルフの練習に費やして、ここでもまたゴルフのマスターならぬコーチにもなったのに、あの運動能力はどこへやら。気づけば家で座ったきり老人になったり、復活のために歩きっぱなし老人になったりを繰り返す。
東京に遊びに来てよという誘いに応えるようにウォーキングも頑張っていたころもあったけど、最後の夏は東京で姉と一緒にウナギを食べに行こうと誘うと、イイネーと嬉しそうにするものの、定食屋に入ってウナギがセットに付いていたらそれを注文して目の前で機嫌よく平らげる。
コノヤロ、来る気ないのかよと心で突っ込みいれるけど、それが全部の答えだったんじゃんって今は思う。

11月に帰省して、正月は帰らなくてもいいかな?と言うと いいじゃない帰ってくればと誘ってくれる。正月一杯やりましょうよと。
じゃあってことで一か月後の正月に帰ると、いつものイツカエル?メールも来ない。電話も出ない。家まで行くと目の錯覚?って思うくらい全身から色素が抜けた父がつっ立っていた。(こんな光景人生初なので対応の心がけがわからん)ボケたのかなと焦って話しかけたり、マッサージすると、反応は遅いんだけど判断とか思考だけはしっかり「(マッサージは)うまいね」「(土産のお茶は)味が悪い」といつも通り批評だけはしっかりじゃねえか(ムカ)と思うが体が全然動かないし気力もない。何かが違う。

以前に足の手術をした時、万が一手術で 帰らぬ人になった時のために、正月にふぐ刺しで一杯やってからにしたいと言って予定を延期って発想になるくらい好きなふぐ刺しでビールを飲み、その正月も父の様子の変さを除けば毎度の正月らしい正月だった。

ふぐ刺しから二日後の昼下がりに父の家に行くと、いつも通り朝の炊きたてご飯をお供えした仏壇の部屋にも姿はなく、ヒートショック対策もしっかり行われたあたたか~いお風呂場でグッタリもうダメって感じの背の父を発見して救急車呼んだり、姉弟呼んだり、帰らぬ人にてんやわんや。

この一連のことで思ったのが家に行くまでの道のりも、全部がベストタイミングになるようにできていたこと。ほどほどの寄り道は出来るけど、それ以上は出来ないようになってて、早くて着いて心臓が止まる瞬間に立ち会うわけでもなく 遅すぎて死亡現場的な遺体になっているわけでもない狙ったような時間だったのだ。しかも寄り道先で看板の鳥マークを見つけて 可愛いいーと草むら駆け寄ったら 側溝に落ちて「魂抜けた〜!」って 叫んでて いやあんた ほんとうに抜けたのは父の方だよって どっかからあの場で突っ込まれてなかっただろか。

そして突然亡くなる人が割と身近にいたから、頼むから誰か死んだら死にたてホヤホヤに会わせてくれと子供のころ言っていた私の希望を父も母もそれだけは妙に覚えていて、まるで叶えてくれたかのよう。

これまでの父の晩年の日々は物質的な豊かさを失ってもいつも創造的に生き方や遊びをリニューアルして豊かだったし、肉体の機能が衰えていく様子は一種のこれも修行なのかなあ、一言も不平不満も言わずに対処していた。

最終週は振り返れば色のグラデーションのようにああこれが命が終わるってことか、植物やほかの動物たちの命が終わっていくのと同じように死んでいく姿を短期間に見せてもらった気がする。哀しいとかショックもあるのだけどそこで見たり感じたりして学ぶことがとにかく多かったのだ。

その上、自分がこうしよう ああしようって自分の思い付きや意志でやっているつもりのことが不思議なくらい全部この状況において助けになるように動いていて、警察に亡くなった状況を聞かれる際に普段の生活パターンとかを聞かれても答えられるような情報は最後の数日間に本人から聞いたものばかりだし、いつもではありえないくらい地味な服を持っていて葬式に問題なくシフト出来たり、最後に撮った写真はここ数年で一番遺影にベストなショットが撮れていて遺影にもバッチリ、ドラマだったらちょっと不自然だけど自分が冴えているのか、導かれてるってことなのか、全てはこうなるようにレールに乗ってしまっていたように思う。そしてこの経験にある程度は落ち着いて対応するのに必要ことはやさしいくらいに揃っていたのだ。

テノリイノリ まだ出てこない!

続きます

テノリイノリはどこからきたの?ルーツを絵巻で辿る「テノリ・イノリ絵巻」展は3月31日まで

連載中の「テノリイノリができるまでの」過去記事
テノリイノリへ その1「オラクルスナックの祈り」
《序章》再び祈り –テノリイノリの世界

テノリイノリへ その1「オラクルスナックの祈り」

昨年2017年の1月30日~2月開催しましたオラクルカード原画展『オラクルスナック「天国と極楽~ときどき地獄~」』はどこかでお話ししているかもしれませんが、タイトルコンセプトはオラクルカードのお披露目と我が父への感謝というのがありました。

自分が無事に成人するまで生きてこれたのは、下世話ですが父の稼ぎのおかげで。しかもまあ長いこと学生でデザインの勉強をしたり、外国に行かないとまずいと騒ぎたてては家族のだれ一人賛成する者もいないのに(父も一度も どの選択にも賛成したことないのに)半ば金銭をむしり取るが如く希望をかなえさせてもらったこと。そして同じ労働でも地方と都会では得られる対価がまるで違う。それなのにここまでやってもらったこと。
そこまでやってくれても、一度も自分たちの家を誰かが継がなければとか子供は?とかのプレッシャーも与えず、冗談で「ここまでかけたお金はいつ戻ってくるのかな?」とふざけて言うこともあったけど(本気にするべきだったかなあ?)何かを与えることによって人を思い通りに動かすところが一つも無かったのが自分が年をとればとるほど、これすごいことなんじゃ?と思うことが度々ありました。
そして着るものの色合いに全くダメを出さなかったのも父で(お陰ですごい自由すぎて社会になじめてませんけど)私の能力を伸ばすのに欠かせない存在への感謝です。

彼の一生のうちの仕事で好きだったのが、私が幼いころに見ていたスナックのマスター時代。夕方みんなで晩御飯を食べてから、身ぎれいにしていい香りをさせて出勤していく。その後の仕事場での印象や実家の割烹での宴会の姿も混ざっていると思うけど彼は基本言葉が少ない、声がいっぱい出てるのってカラオケの時。だけどそこに集まっているおじさんたちはいつも楽しそうで、お喋りなおじさんがいつもよく父の周りではお喋りしているのが印象的だった。
とりわけスナックって食べ物は少ないし、水割りウイスキー飲んで、カウンターにいる誰かと話す。
スナックの何がいいのか。。。
私の好きな吉本ばななさんの小説で「スナックちどり」でも書かれている
「スナックは行き場をなくした人たちの最後のよりどころなんだよ」
「私たちがいなかったら 世の中もっと悪くなってる。だから私は自分の仕事割と気に入ってるんだ。」
この二つのセリフに尽きる気がするのです。

《これまでのスナックにまつわるブログ記事》
「スナック」
「オラクルカード原画の展示がくれたもの」
「スナックにまつわるえとせとら」(吉本ばななさんの小説の話もここでも書いています)

そしてに私から見ると父はどんな仕事をしているときも仕事をしていなくても様々な社会的な立場の人たちとも関わりながら基本はスナックのマスターのような人だと思っていました。
家族に背負われながら父の顔を見にくる友人に、足腰弱ってるなら足腰鍛える器具を持って帰ればってあげたら一週間後に新聞のお悔やみに出てたと驚いたり、よくそんな亡くなるちょっと前に会いに来てた人の話は聞くので自覚は少ないけど最後に会っておきたいマスターだったのだと思う。別に何かそれがお金を生み出す仕事というわけではないけど人間には食べていく仕事と食べるだけではなくて役割としての仕事があるんだなということも一生マスターな父を見ていて思ったものです。そんな広い意味でのスナック、そしてそんな場にはいつも言葉は少なくても重い小さなや言葉や、いてくれるだけで何かがあったんだろう思う。それが私のルーツの一つという気持ちでオラクルスナックのコンセプトが出来上がっていったのです。

その父も年老いて体も不自由になったり復活したりを繰り返し、そんな役割があったりなかったり、とうとう無口で本能的な大型犬なんじゃね?一軒家で一人暮らしで即身仏にでもなる気かな?とよく冗談で母と言ってたものですが、このオラクルスナック天国と極楽の始まる数週間前のお正月、突然死んでしまいました。
妙なところで区切りますが、続きます。

3月19日-31日 「テノリ・イノリ絵巻」展
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