エネルギーを回すこととビーチピクニックの巡回

写経に興味があって、たまにお経の解説を読んで、意味はなんとなくの理解したような気になったりする。
お世話になっている鍼の先生が昔坊さんの修行をされていらした経験と日常的に仏教が染み込んだ生活をされているので、お経にまつわるお話を伺ったらそれまでの100倍くらいのイメージが自分の中に入ってくるのが分かって、なんてありがたいことが書いてあるんだ!ってびっくりする。このギャップ大好き。
染み込んだ人から言葉になるとき、そのエネルギーがこちらに入ってくるのは桁違いなのだ。

また別のところだと太極拳道場に行くと、太極拳そのものの元気になる効果もさることながら、先生のお手本を目の前で真似ることでそのエネルギーとの共鳴が起きて普段自分一人で練習していても感じないような(気安く使うけど)トランスに入るときもあるし、真似た形以上のエネルギーのめぐってるんじゃない?って思う。
組手の練習ができている時だと(今は時節柄禁止されているのでできないけど)、やはり相手の方からエネルギー分けてもらってるし、体の可動域が格段に変わる。

この辺だとただ上の人からもらうが主になってしまったけど日常でいうと、人と会うとか電話で話すのはストレスもあるけど、会話で何かを投げてその答えが何になるかわからなくて、それが分かった瞬間からまた返事をするか否か、何を投げ返すかとか考えたり感じたり、盛り上がったり、リアルでドキドキするし(親戚のおばさん相手でも)全身のエネルギー回して対応して、エネルギーの高い低い関係なくキャッチボールして結局高まってる。
人との距離に注意してる生活をしていたので余計にそんな風に強く感じる。

そして物質的な肉体を養う栄養も必要なのだけど、気というエネルギーで存在している自分たちのエネルギーをどう回すの?っていうことを以前より一層考えざるを得なくなってきた。

それにはまず、自分が先にエネルギーをシェアしたり自分なりに回していくこと。。そして海だったり対話のしやすい自然の中で、自然からエネルギーをもらったり、還元したりする。人と心地よい距離で交流するそういう繰り返しの時間をまるごと作品にしたいと思った。それでビーチピクニックに。


今はそれがどうなる、どうしていくっていうのか明確なわけではないし、染もやめる宣言してたけど復活しちゃって、私にとっての染め物ってエネルギーを注ぎ込んで光を味わう、それをシェアするにはとても力強いツールなので使って、思いつく範囲で出来ることをまずは形にしていく。気づくことがそれであればその時で。

移動するビーチピクニック展はそんな空間で無料で曼荼羅を描くお手伝いをします、ちょっとだけお茶のご用意はあります。
ワークショップに興味のあった方、休憩がてら遊びに来ていただければ幸いです。今回さらに急なので、ぼっちのピクニックになる可能性大です。

最近自転車で走りながらもショーウィンドーの中から キュートなエネルギーを放ってたクマ。キューーン♥

8/15 Beach Picnic Exhibition @お台場ビーチ
marumocci art shop
Creema
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