Por Una Cabeza

調子よく崖っぷちを歩いていたら、
思い切り転げ落ちてやっぱり傷だらけ血だらけ
あれ?なんでこうなるの??
そういう全体的にボロボロの心の状態に気づく日もある。

そんな時でも脳内DJは音楽を流してくれることがあって
それがある時「Por una Cabeza(ポル・ウナ・カベサ) 」というタンゴの曲が流れていた。
え?今?なんでだろ、なんでだろーと思えど
口ずさんでしまうくらい。
スマホを見ればituneにも入ってるし。。。
でも元になった動機は、なんだっけ?とずっと回っていた。


気になりすぎて、ネットで検索してみたらあった!
そうじゃ映画「セント・オブ・ウーマン」じゃ。
アル・パチーノが演じる退役軍人で盲人のおじさんが
連れ立って出かけた若者が気になっている美しい女性を
いざなってタンゴを踊るシーンで使われた曲。

女性は失敗が怖いからタンゴはちょっとと断るけど
タンゴに失敗はないよとアルパチーノが誘う。
アルパチーノに誘われたいのと
アルパチーノみたいな背中になりたわ~ってのとが一緒くたになる。

私がこのシーンが好きなのは
少しぎこちないタンゴの素朴な感じに
数分かもしれないけど
人間が出会って、その時その人間たちなりに
一瞬の思いやり、他者へ親切であること、
自らが楽しむこと、
それらの儚さだったり、
形になって時に再生されていくことが詰まっていて
曲と相まって切なくて胸が締め付けられるのです。

昔惚れ込んで販売していた洋服ブランドの
20年以上前に出ていたであろうデザインの服を着た方に出会った。
その色と言い、素材の選択や縫製と言い、ああ私の好きだったあの世界
古すぎてその時代には居なかったけど
長年着てくれてありがとうって気持ちでいっぱいになった。
買ったお店も覚えていてその方のその洋服との出会いにも物語はあるし、
私もその服を見て物語がある。

洋服、形になるもの、踊り、音楽という創作物が
コンセプトだったり記憶、物語、イメージを運んだり喚起する。
そういう一つの装置にもなりうる。
だからそこに何をのせて作り続けるのか。
その時その時の瞬間でも感じる愛だったり
魂の自由さを詰め込みたいし、ずれちゃうことは譲れないんだよな。
そんなことをあれこれ考えさせられる、ここのところ。

頭をめぐるPor una cabezaにどんなに悲しんだり傷つくことがあっても、
自分で自分の魂は決して殺さず
強くたくましく生きようぜ!、それは可能なはずだぜ、
そんなメッセージを送るかのように
脳内DJは私の底力を信じ続けているのだと思う。
映画の中のアルパチーノと青年の対話のように 時々は大喧嘩かもしれないけど。

さてぼちぼち今年もクリスマス製作だ。

marumocci art shop

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