ふわっとした幸せ

「鍋の中のおつゆを椀に入れるにはどうしたらいいの?」って聞かれたら
おたまですくって入れる
それ以外は?って聞かれたら鍋を傾けて椀に注ぐ
それ以外は?って聞かれると
スプーン?ストロー?ホース?
問題解決方法は色々あるけど鍋とお椀とおつゆの存在が
そこから離れることはない。
だって大前提だから。

ふと思ったのが 人間関係の問題なぞを
相手と私で どうやったら解決するのかしら?とかって考え続けると
もうどうにも その人がとか、私の心が変わりまへんな~ちゅって
人やなんらかへの執着が露呈したりもする。

人じゃなくても ショックな体験にしても
ああ、あの事を思い出すだけで ぐぐぐ(怒ったり、悲しんだり)
じゃああれを思い出さない
あれをあれをって あれが焼きついてるじゃん。
鍋と汁と椀の前提がずっとつきまとう。

では関わるものを捨てて・・・って
私みたいな人間がやると
捨てたら良いもの入ってくるんでしょ?的に
うっかり下品になりかねない。

なんでこんなことを考えてたかというと
すっと前に海辺のプールで行われたユーミンのコンサートに
連れて行ってもらった時のことを思い出してたから。

開演前の席でステージを見ながら海風に吹かれて心地よく
気心の知れた人たちといっしょにいて
突然それまで悩んで悩んで問題だと思ってたことが
どうでもよくなったったんです。(やけくそじゃなくて)
そんなことを話して笑われたりして。

あの感じの幸せ感って
ものすごく気持ちが上がるってことでもなく
たんたんとしたところもあったり
安心感というか妙なお得感。
何と比べて得なのか分らないのに、これがしっくりくる。
今生きてて そこにいるだけで得してホクホクしているような感じ。

問題を真正面から解決する方法もあるけど
やっても見えない時は 全然関係ないことで 満たされていると
まるで掘っている地面と関係ない場所で突然温泉がわくように
解決するってあるんじゃないかなあ。

鍋からおつゆが移せない時は明日に回して
今夜は美味しいものを食べにでかけちゃおって手もあるように。

週末のリーディング&ヘナ・アートご予約
marumocci art shop

Share on FacebookTweet about this on TwitterShare on TumblrPin on PinterestShare on StumbleUpon